文学碑目次    

 夏目漱石天草来島記念碑    天草市船之尾町  

 天草の後ろに寒き入日かな
     
 
     
 文豪・夏目漱石は、明治29年(1896)、第五高等学校の講師として熊本に来た。
 明治33年に文部省より英国留学を命じられるまで、約4年間いたが、その間のエピソードには事欠かない。
 それらを列記してみよう。
 ◆ 6回の転居
 ◆ 長女筆子が生れる
 ◆ 親友(俳句の師)正岡子規が亡くなる
 ◆ 鏡子夫人が坪井川へ入水自殺未遂事件
 ◆ 山川信次郎と小天温泉へ行く。「草枕」の素材となる
 ◆ 山川信次郎と阿蘇山に登る「二百十日」の素材となる
 以上はよく知られていることだが、この天草にも来たことがあるという。
 それは、私的旅行ではなく、五高の修学旅行の引率としての来島である。
 明治29年11月のことだ。
 その天草来島を記念して 、「天草来島記念碑」が建てられている。
 
 
明治29年十一月十五〜十七日
第五高等学校修学旅行引率のために来島
祗園橋を渡って本渡北地で天草の乱本渡合戦の
仮想演習をして翌日に志岐山越えて富岡へ行く
「夏目漱石西海路探訪」(拙著)に詳述
 天草文芸会代表 鶴田文史
  同     会員 泉   充

 建碑 2012年11月15日
 
 
 
 天草の 後ろに 寒き 入日かな 

この句は当然天草で読んだ句ではなく、野出の峠(熊本市河内町)で読まれたらしい。

 写真は、下記図書より拝借
 
 
 参考図書
   
    夏目漱石 小泉八雲の 西海路探訪  鶴田文史著 西海文化史研究所刊  1997年2月1日発行