歴史索引


天草キリシタン年表

天草キリシタン史
1543 天文2 ・種子島に鉄砲が伝来する。
 
1549 天文18 ・ザビエル、トルレスら鹿児島に上陸する。
 
1552 天文21 ・フランシスコ・ザビエル死去。
1565 永禄8 ・アルメイダ、志岐隣泉の乞いにより、志岐へ来島。(天草へ初めてキリスト教が伝わる)
 
1568 永禄11 ・トルレス、志岐に布教。
・志岐で第一次宗教会議が開かれる。
 
1569 永禄12 ・アルメイダ、天草河内浦に布教する。
・天草氏内紛。(布教、入信に仏教徒反発)
 
1570 元亀1 ・カブラル神父、志岐、河内浦で布教。
・志岐で第二次宗教会議が開かれる。
・トルレス神父志岐で死去。
・天草鎮尚受洗、洗礼名ミゲル。
・天草久種受洗、洗礼名ジョアン。
1571 元亀2 ・志岐隣泉、棄教する。
・カブラル、河内浦へ赴く。
 
1573 天正1 ・天草沖ナオの難破、教会に打撃を与える。
1577 元亀4 ・天草種元受洗(ドン・アンドレ)
 
1582 天正10 ・ヴァリニャーノ神父、遣欧少年使節団を伴って長崎港を出航。
・本能寺の変。
・天草鎮尚死去。
 
1583 天正11 ・アルメイダ神父、天草河内浦において病没。
1584 天正12 ・天草久種、鹿児島で幽閉される。
 
1587 天正15 ・天草五人衆、島津氏の軍に入り戦う。
 島津氏撤退し、天草衆、一万田城に孤立。キリシタン部将の志賀親次に救われる。
・大矢野種基受洗、洗礼名ジャゴベ。 
・天草五人衆、秀吉と面会、領地安泰を約される。
・秀吉、伴天連追放令を出する
 
1588 天正16 ・秀吉、肥後を二分し、加藤清正と小西行長に与える。
・生月島山田のコレジヨ、長崎→千々石→有家に、ノビシアードは長崎→有家→天草に移転。
・遣欧使節、マカオに到着。
 
1589 天正17 ・栖本鎮通、フロイスにより受洗。
 一族、領民もキリスト教に帰依。
・小西行長、五人衆に普請役を命ずるも拒否。
 小西・加藤の連合軍、天草島の志岐氏、天草氏を攻める(天正の天草合戦)。
・志岐城、本渡城陥落。
 木山弾正討たれる。
・天草は、小西氏の支配下に入る。
 
1590 天正18 ・秀吉、全国平定
・7月21日天正遣欧少年使節がヴァリニャーノ神父とともに長崎に帰着。
 金属活字、印刷機を持ち帰る。
・志岐にキリシタン代官日比屋平右衛門着任。
・上津浦種直受洗、洗礼名ホクロン。
・志岐諸経受洗。
  
1591 天正19 ・加津佐のコレジヨ、大村のノビシアードを天草河内浦に移転。同時に印刷機も移転、出版を始める。
・志岐に画学舎が開設される。
・遣欧使節一同、イエズス会に入会。
 
1592 天正20 ・文禄の役。(第一次朝鮮侵攻)
 天草諸豪も小西行長に従い、朝鮮へ渡る。
・梅北国兼の乱おこる。栖本氏、上津浦氏、大矢野氏は宇土へ移住させられる。
・天草コレジオで、『平家物語』が刊行される。
1593 文禄2 ・コレジオで『イソホ物語』刊行。
・河内浦のコレジヨを一時、大江久玉に移転。
1595 文禄4 ・コレジオで『羅葡日辞典』刊行。
 
1596 慶長1 ・寺沢広高(唐津)受洗、洗礼名アゴスティニョ。
・イスパニア船サン・フェリペ号、土佐に漂着。
1597 慶長2 ・慶長の役。(第二次朝鮮侵攻)
・天草のコレジヨと、ノビシアードを、印刷機とともに長崎に移転。
・26聖人、長崎で殉教する。
 
1598 慶長3 ・秀吉死去。
 
1600 慶長5 ・関ヶ原合戦。
・小西行長処刑される。
・天草は加藤清正領となる。
 
1603 慶長8 ・江戸幕府開府。
・肥前唐津城主寺澤広高、清正に替わり、天草を加増され、兼帯支配を始める。
 富岡に新城を築く。
1604 慶長9 ・寺沢広高、志岐、上津浦以外の天主堂を破却させる。
 
慶長9年から天草島原の乱までの詳細は別記(天草近代年譜)
1611 慶長16 ・中津のグレゴリオ・デ・セスペデス神父死去。領主細川忠利、禁教に転ずる。
・加藤清正死去。
1614 慶長19 ・天草上津浦に残っていた最後の宣教師ママコス(マルコス・フェラロ)追放の時『未鑑』(未来書)を遺す。
・天草富岡においてアダム荒川殉教。

1615 元和1 ・5月大阪夏の陣。6月4日大阪城落城。豊臣氏滅亡。

1616 元和2 ・家康死去。

1617 元和3 ・天草のキリシタン指導者14か村59名イエズス会文書に記載。
 
1618 元和4 ・松倉重政、森岳城(島原城)の築城に着手。
・宣教師への宿提供を禁ずる触れが出る。禁を犯した者は火刑に処し、宣教師の発見者には銀30枚を与える、とある。

1620 元和6 ・天草河内浦において「竹の籠の獄舎」迫害。
・アントニオ・ジャノネ、天草下島大江に潜伏。

1621 元和7 ・マテウス・デ・コウロス神父、大江、崎津で布教。
・崎津(天草下島)において伊井武左エ門ミカエル殉教。
・崎津においてコンフラリアの組織。
・富岡番代として、三宅籐兵衛が赴任。
1622 元和8 ・天草四郎、益田甚兵衛の子として宇土で出生(推定)。

   寛永2  ・
1629 寛永6 ・管区長マテウス・デ・コウロス神父、天草に亡命。
・三宅藤兵衛、弾圧を強化。
・ジャノネ神父、天草下島大江、崎津に潜伏布教。
・大江浜で、「竹の籠の獄舎」迫害がおきる。
・原マルチノ、マカオで死去。(57歳)
1633 寛永10 ・中浦ジュリアン、穴吊りにより殉教。(62歳)
1635 寛永1 ・7月幕府、鎖国令を出し、日本人の出入国禁止。
・寺請制度全国的に実施。
1636 寛永13 ・幕府最初の鎖国令発布。
1637 寛永14 島原・天草の乱勃発
 三宅藤兵衛討死。
 
1638 寛永15 ・原城落ち、天草島原の乱終結。
・天草四郎ら出島で獄門。
・富岡冬切りで、キリシタン残党処刑される。
・寺沢堅高、天草領を召し上げられる。
 替わって、山崎家治、天草支配者となる。
・島原城主松倉勝家斬罪。
 
1641 寛永18 ・天草は天領となり、鈴木重成が初代代官として着任。
 
1642 寛永19 ・鈴木重成、兄正三の協力を得て、各地に数年かけて寺社建立を行う。
・初めて絵踏み行われる?。
 
1643 承応2 ・鈴木重成病死。
 
1654 承応3 ・天草に切支丹宗門禁制の高札が立つ。

 
1655 承応4 ・二代代官として、鈴木重辰着任。重辰は、正三の子で重成の養子。
1720 享保5 ・天草において宗門人別改帳の実施。
1805 文化2 ・大江、崎津、今富、高浜で5000余人の隠れキリシタン発覚(天草崩れ)。
 心得違いとして、穏便に済まされる。
 
1864 元冶1 ・小山秀之進、長崎大浦天主堂を建てる。
 
1865 元治2 ・長崎の古キリシタン復活。ア津でも復活の兆し。
 
1868 明治1 ・浦上のキリシタン、3400人が流罪となるる
 
1873 明治6 ・切支丹宗禁制の高札撤去。
・長崎、神ノ島の漁師、海路天草下島の大江に上陸、キリスト教を説き、道田嘉吉外長崎にて受洗。
・キリスト禁教令が解かれる。
・ア津、今富で血税騒動。
 
1874 明治7 ・天草大江に仮説教所設置。
1879 明治12 ・天草、大江村の信者野端辰二郎(外90余名)キリスト教で葬儀を執行したため罰金の刑を受け、それを不服として大審院長に上告する。
・天草大江に古材による教会堂建設。
1882 明治15 ・崎津教会にフェリエ神父着任。
1887 明治20 ・フェリエ神父、今富の根引に孤児院開設(はじめは今富)。
1892 明治25 ・ガルニエ神父、天草、大江崎津教会主任司祭として着任。
 
1907 明治40 ・五足の靴一行、大江のガルニエ神父を訪ねる。
 また、天草の旅を通じて、南蛮文学の発展に寄与する。
 
1934 昭和9 ・ハルブ神父、崎津教会建設。
 
1941 昭和16 ・ガルニエ神父死去。
 日本在住57年。
 
1943 昭和18 ・ハルブ神父死去。
 日本在住56年。